散らかってますがどうぞどうぞ

超ひきこもり専業主婦の、感情の暴走と妄想

作者のプロフィールを食べている

感動する本に出会ったとき

面白い漫画に出会ったとき

楽しい音楽に出会ったとき

 

何かしらの創作物に心動かされたとき、

私は必ずと言っていいほどその作者のプロフィールを検索してしまう。

 

ウィキペディア様々である。

 

(最近は有名な人について検索すると、

アフィリエイト狙いなのかな?という感じの、ファンではないのだろうなという、愛の無いプロフィールがひたすら列挙されたようなブログのようなサイトも多くヒットする。そういうサイトは大体ウィキペディアと同じ内容か、あっても真偽がウィキペディア以上に怪しいものが多い。

なのでそのようなサイトはチラリと覗いてすぐ違うページに移る。)

 

作者のプロフィールのなかで注視して読む部分は、どのようにその作者が世に知れ渡ることになったのかという経緯だ。

そして作者がどんな人生を歩んできたのかという経歴だ。

 

私は特別流行に詳しいわけでも、新しい才能を見いだせるわけでもない平凡な人間なので、偶然出会った珍しく新しいと感じるものも、

大概、既に誰かに見初められ、人気のあるものである。

その作品、作者が一躍脚光を浴びたきっかけや、ジワジワと人気が出たのならば初めはどんなことをしていたのか、ということが気になって仕方ない。

 

その人がどうやって有名になったのか

その人が有名になるまで何をして過ごしてきたのか

その人は最初にどこでその才能を発揮し、世間に見初められたのか

 

こんなことが気になって仕方ない。

 

そしてその人の日常の過ごし方が知りたい

その作品だけで食べているのか、それとも他に仕事を持っているのか、主婦か、子持ちか、ニートか、

 

そんなことが気になって仕方ない。

 

作品だけを純粋に味わうことが出来ないのだ。

 

 

なぜこんなことを必ず調べてしまうのか。

物によっては作品を味わう時間より調べている時間のほうが長いような気がする。

 

子供の頃から文庫本のカバーについている作者プロフィールや、漫画のおまけページにある作者の日常に注視して読んでいたように思う。(これが異常なのかどうかがわからないが、私の知る範囲の人達は軽く読むか、もしくは読まない人も多いようだった。なので珍しいのかもしれない。)

 

インターネットが出てきて、特に検索するとウィキペディアが必ず最初に表示されるようになり、amazonで今までの作品がすぐ一覧で検索出来るようになると、

私の作者調べ癖はより一層ひどくなったように思う。

 

癖がひどくなることにより、調査時間が長くなってしまったが、満足度は格段に上がった。

やはりウィキペディア様々だしインターネット様々である。

 

あぁ、オタク気質というのもあるだろう。ただ必ずその作者の作品をすべて読むとは限らない。プロフィールや来歴を知るだけで満足したり、エッセイやインタビューが存在すればそれを読む、そして最初に触れた作品以外には興味がわかず一切触れないことも多い。

 

私は数年前から外で仕事をしていない。

無職だ。そしてそれからまた数年後、専業主婦になった。

今それは置いておいて、何より時間があったので沢山の作品を見れたし、それに比例して沢山の作者を調べた。

 

調べずにはいられないのだ。

我ながら大変無駄な時間であると思うのだが、調べずにはいられない。

 

夢中で調べている間は興奮するのだが、そのあとは大体、自己嫌悪する。

調べたところで私がその作者のように素晴らしい作品を生み出せるわけでもなし、有名になれるわけでもない。

 

そう、調べながら、私はこのコース(作者が有名になるまでの道のり)を歩む自分を想像して楽しんでいたのだ。

なんて虚しい。

 

もちろん健全に活かすときもある。

作者の経歴や職業、生活から想像し、よりいっそう作品を楽しむのだ。この登場人物は完全に作者の想像でフィクションかもしれない、このキャラクターは身近にいたのだろう、この人の描く主人公は恐らくすべて作者に近いのだろう、などと考えながら作品を楽しむ。これはきっと受け手が行う健全なプロフィールの活かし方だろう。

 

自分を重ね合わせて考えるときと、健全に作品を味わうために使うとき、割合としては7:3くらいだと思う。

 

大体、前者の不健全な活かし方をする場合、自己嫌悪はより強くなる。

 

子供のころや、思春期まではこういう想像をしてもバチは当たらないだろう。

ただ、とうに成人した、それも無職で何も持っていない人間が、有名な人のプロフィールを見て無意識のうちに妄想する。とても気持ち悪いし、やはり虚しい。

 

芸能ゴシップ的な話題にはあまり興味がなく、経歴の中で重要なターニングポイントとして不祥事などがあるのであれば調べるが、それ中心に考えることはほぼ無い。

芸能ゴシップ好きのほうがまだましな気がする、とても。

 

我ながら気持ち悪いのはもう受け入れた。

ただ、数年前からここ最近まで、おそらく時間が大いにあっただけでなく、無職で、先も見えず、何か行動を起こす気力もなかった自分にはこの妄想が軽いセラピーのようなものだったのかもしれない。

 

最近少し、この無駄なプロフィール捕食時間が減ってきた。

精神が安定してきたのかもしれない。

 

私のような理由でプロフィールを調べずにいられない人が他にもいたらいいな、と思いつつ、居ないほうがいいなとも思う。

 

あぁ、何者かになりたい。

 

 

 

昨日は室伏広治さんについて調べた。

 

気持ちよかった。